2006年9月 3日 (日)

旅をする木

ソファに寝転がって、音楽を聴きながら、本を読み、うとうと昼寝をし、目を覚まして続きを読み、またウトウト・・・。

そんな静かで穏やかな土曜日。

星野道夫著『旅をする木』をゆっくりゆっくりと読みました。大切な言葉をもらさず吸収するように。

アラスカの新緑の季節、頬を撫でていく風の感触、夕暮れに森から聞こえるアカリスの声、カリブーの大群が近づいてくる蹄の音・・・目の前にアラスカの光景がふっとひろがるような気がします。

亡くなってもう10年経つのですね。カムチャッカ半島の湖畔でヒグマに襲われるという悲劇的で突然の死。

星野さんとの出会いは彼がアウトドア雑誌で連載していたアラスカでの生活を綴ったコラムだったと思います。淡々とシンプルで、それでいてそこはかとなくアラスカへの愛情を感じさせる写真と文章に、当時の大学生の僕は強く惹かれました。

18歳の秋、汚い部室の壁に貼られた「海外自転車旅行メンバー募集!」なるA4の紙切れにすぐ申し込みを決めた理由にはそんな星野さんの影響もありました。

結局一緒に連れて行ってくれるはずの先輩は沖縄へ旅立ち、ひとり自転車とテントと持ちきれないほどの大きな荷物を抱え、トルコへ。コンヤから地中海へと下り、道端で売っているオレンジで喉の渇きを潤しながら、地中海に沿って東へ。そこから北へ方向をとり、霧雨の降る長い長い峠道を何日もかけて抜けた先にあった風景は今でも忘れられません。

遠くには雪をかぶった山脈が横たわり、目の前にはゆるやかにうねりながらどこまでも広がる平原。日本から来た小僧がその雄大な風景の中に点のように存在する不思議。

10年以上経ってもその時の気持ちをうまく言葉にはできないのですが、間違いなくその経験が今の自分につながっているように感じます。中国へ行くことを悩んだ結果決めたのもあと時の風景があったからだと。

武漢での生活と星野さんと18歳の風景。関係のない出来事が繋がって。そんなことを考えながら、『旅をする木』の続きを読んでいます。

「子どもの頃に見た風景がずっと心の中に残ることがある。いつか大人になり、さまざまな人生の岐路に立った時、人の言葉でなく、いつか見た風景に励まされたり勇気を与えられたりすることがきっとあるような気がする」(旅をする木より)

Tabiosuruki

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