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2006年5月 4日 (木)

三浦綾子の小説より

実りのある苦労なら、誰でもするさ。しかし、全く何の見返りもないと知って、苦労の多い道を歩いてみるのも、俺たち若い者のひとつの生き方ではないのか。(続泥流地帯)

人間はな、景色でも友だちでも、懐かしいものを持っていなければならん。懐かしさで一杯のものを持っていると、人間はそう簡単には堕落しないものなんだ。(続泥流地帯)

同じだよ、竜太。自分がこんなに弱い人間であったかと何度自分に愛想が尽きたことか。しかしね竜太、自分にとって最も大事なこの自分を自分が投げ出したら、いったい誰が拾ってくれるんだ。自分を人間らしくあらしめるのは、この自分でしかないんだよ。(銃口)

「傷痍(しょうい)なき人生は恥」と、おにいさんはいった。教えてくれたおにいさんに、わたしは傷つけられたわけだけど、せいいっぱいに生きて受けた傷、愚かなゆえに受けた傷、その傷は人間の印ではないだろうか。(雨はあした晴れるだろう)

おれはな耕作、あのまま泥流の中でおれが死んだとしても、馬鹿臭かったとは思わんぞ。もう一度生れ変わったとしても、おれはやっぱりまじめに生きるつもりだぞ(続泥流地帯)

しかし、俺はね。自分の人生に、何の報いもない難儀な3年間を持つということはね、これはたいした宝かも知れんと思ってる。(続泥流地帯)

そったらこたあねえ。やったらやっただけのことはあるぞ。(続泥流地帯)

わたしは若いときにこんなことを牧師さんに言われたことを覚えているよ。右か左か判断に迷うときは、自分の損になるほうを選びなさいとね。それ以来なるべくそのように生きてきたつもりだが、あとからふり返って考えると、それがどうやら神の御心にかなった生き方のようだったあ(病めるときも)

難儀なことだからやってみる。楽なことなら誰でもやるさ。しかし難儀なことは、やる気のある者でなければやれないんだ。(泥流地帯)

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