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2006年5月 4日 (木)

泥流地帯

資金切れです・・・。なのに僕の中でHaiderドルマンカーデのグレーの存在がどんどん大きくなっていく買い物日和の4日目。

現金購入が自分の中の約束事なので纏め買いは厳しいのです(生まれて1度もカード使ったことなし!)。

で今日はのんびり街を散策しようかと、で服屋さんにはできるだけ近づかないことにしようかと。

という訳で今日は本の紹介。「泥流地帯」(三浦綾子著)。

この本に出会ったのは中学1年の頃、「小説は嫌い、毎日書斎にこもって自分の想像の世界だけで生きている小説家より、現実の世界で生きているサラリーマンの生き方や言葉の方がどう考えても真実でしょ!?」なんて考える超現実主義の中学生が、家族に薦められて気乗りしないながらも、夜布団の中で泥流地帯を読み、枕に顔をうずめて嗚咽しながら徹夜で読んだ本。

北海道の開拓農家を舞台に、次々に襲いかかる苦難に真摯に立ち向かう主人公一家を通して問われるテーマは「人生における苦難の意味」。

「どうして誠実に真摯に生きてきた者に苦難が襲いかかるのか、どうして正しく生きてきた者が苦しまねばならないのか」。そして、三浦さんの答えは・・・

「苦難に会った時に、それを災難と思ってなげくか、試練だと思って奮い立つか、その受けとめ方が大事なのではないでしょうか」
「しかし、正しい者に災いがあるのは、どうしてもわかんねえなあ」
「叔父さん、わかってもわかんなくてもさ、母さんの言うように、試練だと受け止めて立ち上がった時にね、苦難の意味がわかるんじゃないだろうか。俺はそんな気がするよ」
明るい声だった。耕作も深くうなずいた。(『続泥流地帯』下巻p.423)」

そんな当たり前の言葉が、なぜか心に響きます。

遠藤周作は弱さを包み込み、三浦綾子はそれでも弱さを乗り越える強さを表現しているように思います。たとえそれが現実の世界では理想であっても、少なくともこの本を読み終えた後は報われなくとも前向きに生きることの大切さを誰もが感じることができると思う。

あれから20年。今の自分はどう感じるのだろうか。

旭川にも行かねば・・・。

格好悪くても失敗ばかりの自分が嫌になっても真摯に生きることの大切さは、三浦綾子とブルーハーツに教わった32才サラリーマンでした。ドブネズミこそ美しい。

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